団長ブログ「胎動 〜“立ち絵がない”ノベルゲームを作る理由、あるいは衣更・H・バーティミアスの発起〜」

 本日未明、C101へのエントリーを行うことで、我が組織は胎動を開始した——(※失敗した)

 この同人秘密組織(一人)の目的は、ノベルゲーム(ビジュアルノベル)の新境地を開拓することにある。
 その名も、「“立ち絵がない”ノベルゲーム」。キャラクターが描写されるイラスト中、八割以上を占めるであろう「立ち絵」を全て廃するのだ。
 ただ単純にして明瞭なアイデアではあるが、私はそこに「勝機」を見出した。
 そもそも、コンテンツの全盛期は遠く過ぎ去ったとはいえ、ノベルゲームそれ自体のクオリティは、同人・商業問わず年々と高くなっている。キャラクターに命を吹き込む「ボイス」は言わずもがな、グラフィックや2D技術の進化は、ノベルゲームをちょっとした「アニメーション」の域にまで昇華させている。
 特に近年リリースされた商業作品であれば、『月姫 -A piece of blue glass moon-』における戦闘シーンの躍動感には感動すら覚えた。突き詰められた細かい演出の数々は、従来のノベルゲームの到達点と言っていいかもしれない。

 しかし——、
 それでもなお、いや、だからこそ既存の作品と比べたとて、既視感はなくならない。
 なぜなら「背景に立ち絵を組み合わせて」ストーリーを紡いでいくという根本的な基盤は変わらないからである。

 もちろん前述の『月姫』は、原作者である奈須きのこ氏の紡ぐテキストが最大の売りであり、実際に大半のユーザーはそれを目的としているだろう。さらには元が抜群の知名度を誇るゆえに「新規」のユーザーも取り込みやすい。
 だが、
 その「新規」のユーザーは、あくまで「既存のノベルゲーム」に慣れ親しんだ者たちなのだ。そしてそれは、膨大なテキストを読むことを苦としない強者であると同義。
 面構えが違う、というやつである。

 そして何よりの問題点は、そんなユーザーは少数派であり、文章を嗜む舌が肥えているということだ。
 いくらテキストを読み慣れた者でも新たな作品を読み始めるにはそれ相応の体力が必要で(現に私がそうだ)、我々のようなどこの馬の骨ともしれない新興同人サークルの作品など、並大抵のクオリティでは見向きもされない可能性が高い。

 であるからして、たどり着いた答えが「ユーザー層」の拡大である。

 個人的な調べではあるが、ノベルゲームやソーシャルゲームのシナリオを飛ばしてしまうというユーザーに話を聞くと、その理由の大半が「飽きる」とのことだった。普段、ライトノベルを嗜むような人間でさえこれなのである。
 小説は読めない、漫画やアニメの方がいいといった層を取り込むには、既存の作品を踏襲するだけでは絶望的だ。
 彼らの「飽きる」に共通しているのは、文字や立ち絵といった「同じような景色」が延々と続くこと。
 極端な話、従来のノベルゲームは見事なまでにその「二重苦」を再現してしまっているのだ。
 これはいけない。非常にいけない。
 どんな感動的なストーリーも、観測されなければただの妄想でしかないのだから。

 というわけで。
 背景、立ち絵を切り変えていくという既存の作風を取っ払い、シーンごとに新たなイラストで話を進めていけば「飽きにくい」よね、と相成った。

 わかりやすいメリットは前述したとおりであるが、細かい視点から追記していくと、立ち絵や背景によって物語が縛られることがない、ひいてはキャラクターデザインが固定化されないゆえに表現の幅が広がる。
 これは常に「固定化された絵」から逃れることができなかったノベルゲームにおいて、革命的といっていいはずだ。
 それならば漫画でいいのでは? 違う。
 よく総合芸術と称される漫画でさえ、「ページ」という絶対的な枠組みに囚われている。
 詰め込むことができるテキストには限りがあり、ノベルゲーム最大の売りであるルート分岐の自由度が限りなく低い(一本の物語に組み込めない)。
 じゃあ最初から小説でやれば? 論外だ。
 私は小説・ライトノベルをこよなく愛する者であるが、創作界隈における注目のされやすさ——ヒエラルキーではない——を比べてみれば、嫌でも残酷な事実に気づいてしまう(参考までに、現在の日本発漫画で最も売れている『ONE-PIECE』の累計発行部数は5億部に達したが、ライトノベルに置き換えてみると、『とある』シリーズの3,100万部と桁が違ってくる。ましてやライトノベルのシリーズ累計は基本、コミカライズも含まれる)。
 あえてアニメは省かせてもらおう。
 「音」と「映像」を持つあれこそが真の総合芸術であるように思うが、漫画と同じくかの唯一届かないものを、ノベルゲームは持ち合わせている。

 さて。
 つらつらと「立ち絵がないノベルゲーム」のメリットばかりを語ってきたが、なぜかように単純で効果的なアイデアのノベルゲームを、同人・商業問わず、誰も創り出さなかったのか。
 それこそ簡単、制作にかかる莫大なコスト問題である。
 そもそもがノベルゲームやソーシャルゲームシナリオにおいて、立ち絵の表情差分や演出等で細々と物語を表現していたのは、制作コストを抑えつつも長く自由度のあるストーリーを展開できるからだ。
 唯一私が知る中で立ち絵が存在しなかったノベルゲームに「STEINS;GATE ELITE」という商業作品があるが、本作はすでにアニメ化した映像からシーンを切り取って、文章と音楽を乗せたものであるため私の試みとはずれており、やはりコストも抑えられている。(なおあらかじめ断っておくが、広義では立ち絵がないとされる「サウンドノベル」は例外である)。
 商業作品でさえこれが主流なのだから、同人規模の作品であればなおさらコストカットは重要であろう。
 現にC100に赴いた際に市場調査を行ったが、従来のセオリーから大きく外れた作品は見当たらなかった(立ち絵が実写で作られているという珍しい作品はあったが)。中にはジャケットの雰囲気だけでも「面白そう」と思えるものもあって、そこそこの値段で、そこそこのクオリティだった。そこそこに面白かった。

 でも——、ノベルゲームが好きな人しか買わないし、やらないだろうなと思った。

 それではダメなのだ。
 私の目的は同人の本懐を遂げることであり、一人でも多くのユーザーに「暁の明星」の物語を知ってもらうことなのだから。

 たった一人でもプレイしてくれる人がいればいいなんて、矮小な夢を持ってはいない。

 ……大きい言葉を使ったことは、許してほしい。
 そうして鼓舞することでしか戦えないのだ、私は。

 さてさて。
 簡潔にまとめるとすると、私はノベルゲーム制作においてはイラスト面の投資は惜しまないという話だ。

 この一人書きにここまで付き合ってくれた貴方——、

 ——決して後悔させないことを約束しよう。

追記

 組織名称を「廊下の隅団」に改定(2023年6月30日)。

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